専業主夫の苦悩:生物学的雌雄と社会的偏見を超えて(嘘)

red sea urchin 子育て・専業主夫・駐夫

タイトルは嘘です。全然超えられませんでした。

伸び悩むブログを抱え、長年封をしていたあの話題をついに公開することになりました。。。

子どもが生まれてから、育休を取得し、妻のキャリアに道を譲った僕がイクメンと名乗れない理由

僕は、子どもが生まれた後、まともに仕事をして稼いでいない期間のほうが長い。妻には、サラリーマンと結婚したはずなのに騙された、とまで言われる始末だ。人は僕に会ってすぐは、イクメンと呼んだりするのだが、僕自身は、自分をイクメンだと思ったことも、呼びたいと思ったこともない。ちなみに、僕のことをイクメンと呼んでも反応が良くないので、すぐイクメンとは呼ばなくなる。周りのママ達からは、どちらかというと、ママの1人、という扱いに近い。

イクメンと呼ばれたくないのはなぜか。

それは、多分に引け目のせいだ。僕は、根本的に、家事が好きではない。掃除も料理も。そして、育児が好きか、しないで済むならしないで済ませたいような人間なのだ。仕事をしてるわけではないのに、家事もできない、という引け目を感じながら生きているのだ。そんな人間が自分のことを「イクメン」とは呼べない。なので、自分のことを「イクメン」と呼んだことは一度もない。「イクメン」と呼ばれて持て囃される人たちを見ても、ほぼ共感は湧かないし、「イクメン」とタグ付けされた写真をインスタに上げるパパには、共感ではなく、宇宙人を見つけたような驚きを感じてしまう。

ただ、これだけは自慢させてもらうが、子どもがトイレに間に合わずに、お漏らししたり、牛乳を床にこぼしても、発狂する妻を横目に、淡々と事後処理をすることができる。子どもがオムツにうんちをしていた頃は、ほぼ何も感じることなく粛々と後処理していた。もし、妻と僕が一日家一緒に子どもを見ていたら、僕のうほうが確実にオムツを替える回数は多い。まあ、これは、僕が素晴らしい、というより、数年保育士として働いた時期に、身につけた特技、というか、感情を殺して大量に対応してきたことの単純な名残なのだが。

男性中心のマッチョな会社でのパパの育休取得

あまりおおっぴらには言ってこなかったのだが、私は2011年、1年間の育休を取得した。小泉環境大臣が育休を取得し話題になったのが2020年なので、かなりの先駆者だと思っている。(なんて偉そうに言えるのは今になったからで、当時は迷惑をかけた引け目で偉そうなことは何も言えないと思っていた)。周りでは、1ヶ月の育休なんて信じられない、という状況で、出産の連絡を聞きつけてタクシーで帰る、とか、出産に間に合わずに一生恨まれる、などという話が普通に交わされている状況だった。ところが、制度だけは1歳になる直前まで育業を取得できることになっていたので、制度と実態があまりにもかけ離れた状態だったのだ。

私達夫婦は、出会って半年ほどで結婚したが、その直後に妊娠がわかったが、その時は、まさか育休なんて考えてもいなかった。そもそも、妻が海外赴任するという話は、既定路線だったのだが、海外赴任するときには、それぞれの仕事・生活をどうする、という話はしっかりしないまま、なだれ込むように籍を入れたのだった。

「休みの日につわりの妻を置いて、旦那はでかけてもいいのか問題」

妊娠がわかり、我が家では一大論争となる、「休みの日につわりの妻を置いて、旦那はでかけてもいいのか問題」に直面し、私の中で、だいぶ妊娠=しんどい、という図解が出来上がる。妻の言い分としては、僕の子どもを妊娠してしんどいのだから、好き勝手に遊び回らず、家にいなさい、というもの。私の言い分としては、しんどいのはわかるが、自分が家にいたからといって、つわりを軽くするためにできることもないし、リフレッシュして機嫌よく過ごしたい、というもの。この話は、平行線を迎えたまま、周りの方を巻き込んでオープンに聞いて回ることによって、色んな考え方の人がいて、妻と私は考え方が違うよね、と、お互いに納得まではいかないかもしれないが、一応の決着をみる、2021年まで火種としてくすぶっていた。

ただ、妻を置いて、ハンググライダーに行ったことは反省している。

妻のキャリアを優先し、育休を取得することに

妻のキャリアは、半ばインターンのようなもので、1年から2年の実務経験ののち、その集大成的に海外赴任するというポジションだった。また、その後の希望としては、海外赴任を重ねていきたい、というのが彼女の希望だった。兼ねてからの念願でそのポジションを獲得した妻にとっては、そのポジションを、手放すわけにはいかなかった。私はというと、誰もが知っている有名企業相手の仕事をしており、非常に優秀な同僚に囲まれ、成長も感じられていたし、給与面でも不満はなかった。ただ、優秀な同僚がかなりの激務をこなす環境に身を置き続けられるのか、体力、能力的にもヤバさも感じていた。そこで、一度身の振り方を考えるためにも、自分が育休を取得することになった。この時点では、まだ妻の海外赴任は時期も赴任先も決まっておらず、「その後」に思いを巡らすことはあっても、具体的なことは何もわからない、という状態だった。

激務を逃れほのぼの子育てライフを夢見ていたが・・・

さて、出産に間に合うように仕事をなんとか、というか、実態は、ほぼ後は野となれ山となれ状態で、引き継ぎもゴタゴタしたまま、育休に突入した。引き継ぎが終わらず、取得日が後ろ倒しになったりもした。さて、妻の実家で顔の大量の発疹が発生したり、色々ドラマティックなことはあったのだが、妻の職場復帰を考慮し、母乳は頑張らずに、まずは母乳のませて、継ぎ足しでミルクを飲ませていたが、ほんまに大変。夜のミルクもしんどかった。。。ところが、妻の実家での数週間は、これからやってくる苦難のほんの序章にすぎなかったのだ。

育休中のパパを襲ったのは百年の孤独以上の孤立

いざ、我が家に帰ってきて、妻が職場復帰すると、待ち構えていたのは、毎日10時間に及ぶ、物言わぬ生き物との時間だった。物は言わぬが泣きはする。泣き声にビクビクしながら、昼飯の用意すらミッション・インポッシブルに感じながらの永遠とも思える妻の「ただいまー」までの時間を耐えるのだ。散歩に連れ出せばいいと思いつつも、うんちしたり、泣いたり、ミルクを飲んだり、泣いて寝たり。なく我が子を抱っこしてゆらしてあやしながら、自分の人生って何だろう、って真剣に思い悩み、こっちこそ泣きたいんじゃーと思うのだ。そんなことを繰り返していると、朝に散歩行こうと思ったのが、いつの間にか夕方になっていたりするのだ。

これまで、パソコンと向かい合う時間はあっても、基本的には一日中何人もの人と喋り続ける時間を過ごしていたので、10時間誰とも言葉を交わさないというのは、人間としての何かが激しく毀損されている気になった。1人で好きにアニメを見る、というのとも違う、物言わぬ生き物に振り回され、耐える10時間なのだ。

今思えば、早くから子育て支援センター的なところに逃げ込めばよかったのかなぁと思う。ただ、一度心が削られ、自信がなくなっている状態では、そういうところに「はじめまして」で顔を出すのもめちゃめちゃしんどいのだ。

子どもがある程度大きくなって「遊び」始めると、ちょっとそれに構ったりしてちょうどよい距離感だったり、子どもの行動をネタにママ友とも会話が生まれやすくなったりする。しかし、生まれたばかりの乳児を抱えて支援センターに行くとなると、そこで繰り広げられるのは、ママ友同士のどこまで突っ込んでいいのか腹を探りつつ、マウントを取ってると思われないように気を使いつつのセンシティブな会話のバトルなのだ。

子育て支援センター(子育てひろば)でのタブーにお気をつけあれ

公立の小学校や中学校に通った人はわかると思うが、地域の人たちをまるっと集めると、多種多様な属性の人間がいる。高校や大学、職場では、自然と似たようなことに興味があり、似たような家庭環境・経済環境の属性の人間が集まるのとは対称的だ。地域の子育て支援センターでは、ふたたび、多種多様な属性の人間にまみれることになる。

結果、何が起こるかというと、ここでは、特に、経済状況を推測できるような話題は暗黙のタブーとされる。旦那や自分の学歴、職業、勤め先、戸建てかマンションか、持ち家か賃貸か、という話題は巧みに非常に気をつけてスルーされる。腹を割って話したくても、そうはいかないのだ。自然と、話題は、いまいち共感できないけど、相槌を打たなければならない家での子どもの話題か、イケメン俳優の話題に偏る。イケメン俳優に一ミリも興味のないパパには少々しんどい。

ただ、子どもは二人目というママ達からは、圧倒的な余裕を感じる。必死に話題に合わせている非痛感は感じられないし、ピリピリとあれこれ気にしすぎなくても、何とかなる、というのを体感して生きているので強い。上の子が保育園、幼稚園から帰ってくると、格好の話し相手もいるし、ゴールを知っているのに仲間もいるのだ。完全にずるい。一人目で苦労してはいるのだろうが、目の前では、同じ0才児の育児を楽しんでいるようにさえ見えるのだ。

育休中のパパの前に高く立ちはだかる性別の壁

子育てひろば的なところは、ママと子どもたちが安心して過ごせる所である必要性がある。女性だけの環境で、周りの視線を気にせず、安心して遊ばせたり、世間話をしたり、授乳したいものだ。ところが、そこに赤ちゃん連れのパパが来ると、授乳ケープをつけているとはいえ、ちょっとした緊張感が生まれる。お互いにとって、少々居心地が悪い。

更に、ママ友同士仲良くなってくると、お互いの家を行ったり来たりして、遊ばせなから情報交換や世間話に花を咲かせることもよくある。ところが、それがパパ、となると話が変わってくる。見方によっては、話もできない赤ちゃんを連れて、大人の男と女が密室で語らうわけだ。そして、どちらにもそういう意識が0ならば何も問題は起こらないが、そういう人には子どもはできないわけで。自制の問題なので、今後そういうニュースも出てくるかもしれない。そうなったときにパパたち全体が肩身の狭い思いをすることになる。ちなみに、LINEの交換ですら、ハードルが高い。

育休はパパ全員が取得するべきだが、専業主夫は誰にでもおすすめできる選択肢ではまったくない

育休は、パパ全員が取得するべきだと思う。僕がこんなにつらい目に合ったのだから、全員同じ経験をするべきなのだ。というのは置いておいて、やはり、負担感を平等にする、とかではなく、経験しなければ理解できないことが山盛りなのだ。

ただ、自分のろくでもない主夫生活から言えることは、専業主夫でパパ、という選択肢は、誰にでもおすすめできるものではまったくない。ママ友から影でキモがられている可能性も非常に高いし、裁判沙汰になる可能性も高い(嘘ね)。専業主夫のパパ生活を楽しみたいなら、多様性を受け入れるコミュニティを探し当てることが先決だ。僕の経験では、田舎より東京、日本より海外では、オープンなママ達の割合が高くなり、専業主夫でも子育ての楽しみを謳歌できる可能性が圧倒的に高まると思っている。

一人目の子どもが生まれた直後の散々な日々の記憶を綴ったが、楽しかった海外子育て編、超貴重な東京でのおもしろ幼稚園編もいつか書けたらと思っている。

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